忘れてしまうとき

米を研ごうといざ水を注ぎはじめた段になって、「あれ?いま何合入れたんだっけ?」と思うときがある。水を注ぐ前ならまだ取り返しがつく。米を戻してもう1度量りなおせばいい。しかし、水を入れてしまってはもうどうしようもない。3合だったかな、いやきょうは4号だったんじゃないか、などとぐるぐる考えてとりあえず答えを出し、運を天にまかせて炊飯してみる。水加減が合っていれば、ごはんはいい感じで炊きあがる。しかし、失敗してしまったら、思いっきりべちゃべちゃか、もしくはかちかちのごはんが現れることになる。

赤ちゃんのミルクの調乳もおんなじだ。粉ミルクはスプーンにすりきり1杯で20cc。心のなかで「にーしーろーはーとー(2,4,6,8,10)」と数えながら哺乳瓶に粉ミルクを入れていく。しかし、いざそこへお湯を入れようという段になって、いったい何cc分の粉ミルクを入れたのかわからなくなってしまうときがたまにある。200だったか、それとも220だったか。「きっと220だ。わたしは太っ腹だからな」などと無理やりな結論を出し、とりあえず220ccのメモリまでお湯を注いでミルクを作る。もしこれで200cc分だったらちょっと薄いんだろう。ごめんよ、許しとくれ。

きょう、米を研ぎながら、そういや米もミルクも量がわかんなくなるときがあるよね、って思っていました。いっそ決めてしまえばいいのかもしれない。米は絶対に4号炊く、そしてミルクは220ccにすると(大は小を兼ねるで多めに)。しかし、微妙に調節したいときもあるのだ。そのへんが悩ましいね。