視覚と嗅覚、あふれる世界

産後の体調の悪さときたら、まったくもって意地が悪いんだ。排卵日前と生理前には偏頭痛がして食欲がまったくなくなり、食べ物を受け付けず吐いてしまう。水すら吐いてしまう。飲まず食わずでふらふらになりながら半日ほど過ごしているとなんとなくおなかがすいてくるので、おそるおそる飲食してみると大丈夫だったりする。でもまた苦しみながら吐くのではないかと思うと食べたり飲んだりするのが怖い。そんなときだって家事育児は休めないからますますつらい。

そして片頭痛の訪れとともに、不思議と嗅覚がするどくなる。いつもは無臭なのに、なんだか匂う。たとえば印刷物のインクの匂い。スーパーマーケットのカレールーが陳列されている棚から漂ってくるスパイシーなカレーの香り。帰宅した相方の服についている匂いでお昼に何を食べたのかがわかる。犬かよ、と思う。でも。

犬はもっと、人よりずっと嗅覚がするどい。わたしが匂いに敏感になっているときの比ではない。密閉されていて匂いなんてしないだろうと思っているものからも実ははっきりと匂いがしている。ひとりひとりの人間からまったく違った匂いがする。あらゆるものに匂いがある。しかも離れたところからも匂いがしてくる。犬の世界は匂いにあふれた世界。嗅覚でこの世の姿をとらえている。それはわかっていたことだけど、自分自身匂いに敏感になったことでその世界をリアルに想像してしまった。いつでもどこにいても匂いがしないことなんてない。匂いの洪水のなかに身をおいて、気も狂わんばかりになったりしないんだろうか。わたしがいきなり犬のような嗅覚を得たら、どうなってしまうんだろう。

しかし、わたしは嗅覚のかわりに視覚に頼って生きている。目をひらけばあらゆるものが飛び込んでくる。さまざまな色と形、その質感や温度すら見える。それでも気が狂ったりしない。だからきっと犬も匂いに満ちた世界で気が狂ったりしないんだろう。なんだ大丈夫じゃないか。犬も人もおんなじだ。

犬は嗅覚の世界に生き、人はそれに頼って生きている。痛む頭のこめかみを押さえながら、嗅覚がするどくなる時期にはモグさんを眺めそんなことを思う。