ちょす

息子がなにやらおもちゃをいじりまわしているのを見て、「そんなにちょして」と思った。口には出さなかったけど、心の内で呟いた。そしてはっとした。今わたし「ちょす」って言った。なぜだろう、もう長いこと耳にしたことのない言葉がこんなふうにするりと出てくるなんて。なんて意外な、そしてとても懐かしい言葉。

「ちょす」というのは北海道弁で、意味は「触る」。そーですね、イントネーションはバレーボールの「トス」みたいな感じでしょうか。それではみなさんご一緒に。リピートアフタミー。せーの、「ちょす」。Excellent!

ちょさない、ちょします、ちょす、ちょすとき、ちょせば、ちょせ、ちょそう......、というふうに活用、できるの?

わたしが子供のころ、すりむいたひざ小僧やひじのかさぶたをちょいちょいといじっていると、祖母に「ちょすんでない」と言われた。祖母が作ったできたてあつあつの料理をさわってみようと手を伸ばすと、それもまた「ちょすんでない」と言われた。触っちゃいけないよ、ということなのだ。わたしは特に教わったわけではないけど、いつのまにか「ちょす」が何を意味するのか知っていた。方言ってそんなものなんだね。だけど、祖母と祖父、それから彼らの兄弟だけが「ちょす」を使用していた。わたしの母も父も「ちょす」は使っていなかった。最後に「ちょす」を聞いたのなんて、もう何年前だろう。軽く20年は経っている。もうすっかり忘れていた「ちょす」。なのにそれが急に出てきた。いったいどういうことなんだろう。子供の時分に耳にした言葉。自分の子供が何かを熱心に触っているというシュチュエーション。子供つながり、ということだろうか。

わたしは普段、「ちょす」は使わない。相方もそうだし、周囲で聞くこともない。祖父は亡くなり、祖母は認知症で会話もままならないから「ちょす」はもう聞けないだろう。ということは、わたしの息子に「ちょす」は伝わらないのかもしれない。それはちょっと、寂しいかもしれない。だからここに書いておこう。「ちょす」という言葉があるということを、そしてわたしは「ちょす」を聞いて育ったということを。あと、祖父母は「あずましくない」という言葉もよく使っていました。これは「落ち着かない」という意味だと思っているのですがどうなんだろう。ほかにも北海道弁はいろいろ知っている。でもわたしがそれらの言葉を全然使わないと、息子はせっかく北海道に生まれたのに北海道弁のネイティブじゃなくなってしまう。だからといってねえ、家での会話は北海道弁とかだと混乱しないでしょうか。そういう状況になったらなったで、外では標準語、家では北海道弁などというふうに使い分けるようになったりするのでしょうか。

うん、でもまあいいや。何かの機会に耳にすることはあるだろうから、そのときには意味を教えるとしましょう。「ちょす」がいきなり出てきてちょっと考えてしまいましたが結論はまあいいやでした(えええええー)。