ごみに釣られた記憶

小学校2年生だったころ。通学途中にごみステーションの脇を通ったら、なんの前触れもなく、いきなり左の頬にちくりとしたするどい痛みを感じた。痛みをもたらすようなものはどこにも見当たらない。なのに急に頬が痛んだのだ。わけがわからず頬を押さえて立ちつくした。一緒に歩いていた同じクラスの女の子が、頬を押さえていたわたしの手をそっと開いて見てくれたところ、何かが刺さっているという。登校時刻、あたりには同じ学校に向かう小学生たちが歩いている。わたしたちが立ち止まり、尋常ではない様子でいるのを見た年かさの女の子が(たしか2歳くらい年上だった)、わたしの頬を見てくれた。刺さっているのは釣り針だという。

お、おさかなああー!あたしゃおさかなじゃないやい。誰だい誰だい、あたしのほっぺを釣ったのはああー!!痛いじゃないかよー!!と、かなり激昂したわたしは頬に刺さっているというその釣り針を、どうにかして引き抜こうともがいた。しかし、たまたま通りかかった上級生の女の子がそれを止めてくれた。「そのまま学校に行って、保健室で保健の先生に取ってもらった方がいいよ」と言うのだ。まだ幼かったわたしは、そのもっともな意見、もっとも安全な方法に納得できずに自分で抜こうとしたが、やはり止められた。わたしはしぶしぶ歩き出した。釣り針にはものすごく長い釣り糸が、激しくこんがらがった状態でくっついていた。それをずるずる引きずって学校まで歩いた。注目の的になってしまい恥ずかしかった。そんなわたしを目撃した子たちには、「それなにどうしたの?」と訊かれた。わたしに代わって上級生が答えてくれた。「捨てられていた釣り針が刺さっちゃったんだよ。保健室で取ってもらうんだよ」と。

上級生は保健室まで付き添ってくれた。そして保健の先生に事情を説明してくれた。釣り針は、頬の皮に軽く刺さっていただけだったので簡単に取れた。消毒してもらい、薬を塗ってもらって事なきを得た。歩いているうちに、長い釣り糸がわたしの手足にからまってしまったので、それをはずすほうが大変だった。あの上級生、いまにして思えば、なんてしっかりしていて優しい子だったんだろう。本当にありがとう。

ごみ捨て場に、釣り針がついたままの釣り糸が無造作に捨てられていて、わたしはそれに気付かず引っ掛かり、跳ね上がった釣り針がほっぺにずぶしゅと刺さってしまったというのが真相のようです。軽く刺さっただけとはいえかなり痛かったので、その後しばらくごみ捨て場のそばを通るのが怖かった記憶があります。歩道のふちぎりぎりまで寄って避けて歩いてた。

あの釣り針事件のあと、件のごみ捨て場には「釣り針は捨てないでください」という張り紙がしてありました。捨てたほうは何気なく捨てたんだと思う。まさか小学生のほっぺに刺さるなんて考えていなかっただろう。しかしわたしは「ひどいやひどいや釣り針捨てるなんてひどいや」ってごみ捨て場を見るたびに思っていて、その事件を忘れるのに数年を要しました。いまはもう、ゴミステーションを見てもなんとも思わないけどね。でも、釣り針に釣られちゃった記憶が生々しく残っているのはやっぱりそれだけ強烈だったからなのかも。

ごみ有料化ということで、ごみにまつわる記憶がよみがえりました。釣り針は、ゴミステーションに捨てないでね。刺さったら痛いよ。