ウピピの記憶

7月の末にウピピが虹の橋へ旅立ちました。前回倒れたときは病院に1週間入院し、それでも回復して帰ってきてくれたのですが、今回はそのまま逝ってしまいました。あのしましまがもういないなんてさびしくてしょうがないです。ひめさんに次いでウピピまで、こんなに早く旅立ってしまうなんて。今年でまだ8歳でした。

ウピピが亡くなって1週間くらいで実家へ留守番に行き、そのまま1か月滞在してきたわけですが、1歳と10か月の息子はまだちゃんと「にゃんにゃん」のことを覚えていました。ウピピは海苔が好きでした。いつも料理に海苔を使うときにはおすそわけしていました。海苔を小さくちぎって小皿に乗せて用意し、それからウピピを呼ぶと寝ていても起きてきてくれて、目をしょぼしょぼさせながらも海苔の皿の前に座ってはむはむと食べていました。そんなとき息子はわたしに海苔をねだり、ウピピの隣に座ってしっかり握りしめた海苔をはむはむしていました。そのことを覚えていたのでしょう。わたしが先日海苔を出したとき、それをちょうだいと言って(まだ言葉は出ませんが手を伸ばしてあーあーと言って)ねだり、少しちぎって手渡すと「にゃんにゃん、にゃんにゃん」と言いながらウピピを探していました。ウピピに海苔をあげようと思ったのでしょう。押し入れの中まで覗きこんで「にゃんにゃん、にゃんにゃん、おいでー」と言っていました。「おいでー」というのは実家にいるあいだに覚えた言葉です。わたしがゆうさくに「おいでー」というのを聞いて覚えたみたい。そんなふうに新しく覚えた「おいでー」と使ってもウピピは出てこない。「おかあさん、にゃんにゃん探してよ」というようにわたしの手を引いて押し入れのほうに連れて行き、「にゃんにゃん、にゃんにゃん」と何度も言う。そんな息子に「ウピピはもう死んじゃったんだよ。もういないんだよ。天国に行っちゃったからもう出てこないんだよ」と言い聞かせると、ずしんと胸が重くなった。

帰宅するといつも、どこからともなくウピピが目の前に現れた。押し入れのなかで寝ていたのだろうか、うーんと伸びをしてから爪とぎでばりばりと爪をといだりした。今でもドアを開けるたびウピピが目の前を横切るんじゃないかという気がしてしまいます。そしてふと、「猫のトイレ掃除しなきゃ」と思ったりします。そしてそのたびに、「そういえばもうトイレ掃除しなくていいんだ」と気付いてはっとする。

猫がいない生活は寂しいです。ひめさんとウピピにとても会いたいです。いつか虹の橋でまた会える日まで。そこで待っていてねひめさんウピピ。犬猫日記を見返すと彼らの写真があり、懐かしさにひたりながら当時のことを思い返しています。