意識して灯そう、送る夜に

ここへ越してきて早や半年。いまだに玄関の外の灯りと、玄関の中の灯りのスイッチを間違える。毎日つけたり消したりしているというのに、なぜ覚えないのだろう。意識してスイッチを押してないからダメなんだろうね。きっと。これからはきちんと意識してスイッチを押してみよう。「上は外、下は中」などと、呟いたりしながらね。なんか、「鬼は外、福は内」みたいだね。

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じいちゃんを送ったその夜、わたしは1人で酒盛りをした。『1人で』だったけど、じいちゃんと差し向かいで飲んでいるつもりだった。成人してから十数年経つというのに、じいちゃんとは一度もさしで飲んだことがなかった、ということに気づいたからだ。せめて、送る夜に杯を交わしたくて。

大きな病気に罹ることもなく、一度も病院に入院したことがなかった丈夫なじいちゃん。最後の最後に病院のお世話になっていたけど、それを除けば歯医者にも掛かったことがなかった人だった。ビールの大瓶の栓、栓抜きを使わずに、いつも歯で開けてた。頑丈な人だった。なのに。倒れてから、じいちゃんの時計は、ぐんと一気に進んでしまったみたい。

焦げてしまった油揚げのネギみそ焼き。形の崩れてしまったじゃがいものバター炒め。不恰好なつまみが二品。コンビニで買って来た発泡酒2本。じいちゃんならどれを飲むんだろうか。それが解らなかったから、自分が飲んでみたいものを選んだ。私的にはこれでも豪勢だとおもうけど、送る夜の酒盛りにしてはかなり貧相かもしれない。実際、じいちゃんはなんて言うだろう。ささ、飲みねえ食いねえ、と勧めたら。「なんだこれ?」って言うだろうか。

じいちゃんは煙になった。人でも動物でもそれを構成する最小の単位は原子で、亡くなったらそれがバラバラに散らばって、水になったり空気になったりする。それが「千の風」になるということ?じいちゃんを構成していた原子は、雨になって降り注いで植物に取り込まれたり、その植物を食んだ生き物の一部になったりする。空を飛ぶ鳥、草原を駆ける獣、土の中の昆虫、人間。そうして、あらゆる場所を巡っていく。わたしの身近にあるもの全ての中に、かつての誰かが宿っている。私自身の中にも、他の誰かだった何かがある。

とりとめなく、そんなことを。