変顔の写真しかない、残された時間について思うこと

前回の日記を書いてからこんなに日にちが経っていたとは。時間の感覚がおかしくなっているかもしれない。思えば毎日同じことの繰り返しだ。朝起きて、朝ごはんの準備して食べて洗い物して、身支度してゴミ捨てに行って、仕事してお昼ご飯にパンとカフェオレとサラダ食べて(メニューは毎日同じもの)、掃除洗濯買い物して、晩ごはんの準備して食べて洗い物して、息子の勉強みて、お風呂入って髪乾かして全身にメンソレータムADを塗って歯磨きして、本を読んだりHuluでアニメや映画を観て寝る。本当にだたひたすらにこの繰り返し。昨日と同じ今日、今日と同じ明日。そして気がつけば誕生日が来てまたひとつ年を重ねる。死はこの日常のなかにあるんだと思うといろいろ考えてしまう。

わたしが変顔をしてふざけていたら、その写真を息子がスマホで撮ってモザイクをかけて見せてくれた。わたしの顔は〇〇〇扱いか!とツッコミを入れてふたりでげらげら笑った。ひとしきり笑ったあとで思ったこと。息子のスマホのなかには今、わたしの変な顔の写真しかない。明日とか明後日とかに急死したらその写真が遺影になるのだろうかと。白目をむいて両手でほっぺたをむぎゅっと押している写真。これはどう加工しても変なままだろう。それは困るのでちょっとすましたような写真でも撮っておいてもらったほうがいいのかもしれない。遺影用。自分の写真は全然撮らないからほかに写真がないんだよね。いや、人生ってどうなるかわからないじゃない?いつまで生きているのか確実にわかるわけじゃないからさ。今はコロナもあるしね。

そのうちやりたいこと。アメリカに旅行しにいって1か月くらい滞在してみたい。婚活もしてみたい。行きつけのカフェのメニューを全部制覇してみたい。Huluに加入しているので観たい映画を全部観てしまいたい。あつ森で理想の島を作り上げたい。取りたい資格、いってみたい大学もあと3つある。あ、けっこうやりたいことたくさんあるね。どれくらい実現できるだろうか。自分にはそのための時間がどれだけ残されているのだろうか。今は時間があんまりないけど、そのうち息子が巣立ってくれたら全部やってみたいですね。どうなるんだろう。どちらにしてもぞくぞくします。